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東京高等裁判所 平成元年(ネ)789号 判決

控訴人 杉浦清

右訴訟代理人弁護士 水上喜景

同 中川徹

同 遠山泰夫

被控訴人 千葉交通株式会社

右代表者代表取締役 河野魁

右訴訟代理人弁護士 五木田隆

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

(申立)

控訴代理人は、「原判決中控訴人に係る部分を取り消す。被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項と同旨の判決を求めた。

(主張)

一  被控訴人の請求原因

1  亡真穂三七郎(以下「亡三七郎」という。)は、昭和四七年七月ころ原判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築し、その所有権を取得した。

2(一)  鈴木秀夫(以下「鈴木」という。)は、昭和四八年二月初めころ、亡三七郎から本件建物を代金一五五〇万円で買い受け、本件建物につき、千葉地方法務局成田出張所昭和四八年二月一六日受付第二六〇六号をもって同人名義に所有権保存登記を経由した。

(二)  被控訴人は、昭和五六年三月二六日、仮にそうでないとしても、同年七月二九日、鈴木から本件建物を代金三五五六万円で買い受け、千葉地方法務局成田出張所昭和五六年九月一二日受付第一七一二六号をもって所有権移転登記を経由した。

3  仮に、2(一)の鈴木と亡三七郎との本件建物の売買が認められないとしても、

(一) 亡三七郎は、鈴木が、右のとおり本件建物につき同人名義に所有権保存登記を経由したことを知りながら、これを容認し放置していた。

(二) 被控訴人は、鈴木から本件建物を買い受けるにあたり、本件建物が鈴木の所有に属していないことを知らなかった。したがって、亡三七郎は民法九四条二項の類推適用により、鈴木が本件建物の所有者でないことを被控訴人に対抗することはできない。

なお、重大な過失がある場合には対抗できるとの控訴人の主張は争う。

4  控訴人は、本件建物二階部分を占有している。

よって、被控訴人は、控訴人に対し、所有権に基づき本件建物二階部分の明渡しを求める。

二  請求原因に対する控訴人の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)のうち、鈴木が本件建物につき所有権保存登記を経由したことは認めるが、その余の事実は否認する。

同2(二)のうち、被控訴人が本件建物につき所有権移転登記を経由したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3(一)  同3(一)の事実を否認し、その主張を争う。

亡三七郎は、被控訴人が鈴木と本件建物につき売買契約を締結する前の昭和五六年七月二四日差出しの内容証明郵便により、被控訴人に対し本件建物は亡三七郎の所有であるから、鈴木から買い受けないよう申入れをした。右通知は虚偽の外形を除去するのに十分な行為というべきである。

(二)  同3(二)の事実を否認する。

被控訴人代表者河野魁(以下「河野」という。)は、亡三七郎と旧知の間柄であり、被控訴人本社敷地は本件建物敷地に隣接していて、本件建物の利用状況を知っており、また鈴木は、もと被控訴人の従業員であったから、河野は鈴木に本件建物を買い受ける資力のないことも熟知していた。

更に、亡三七郎は昭和五六年七月二一日被控訴人本社を訪問して河野に対し、本件建物は亡三七郎の所有であるから鈴木から買い受けないように申し入れ、同月二四日差出しの内容証明郵便によっても同趣旨の申入れを行った。

(三)  仮に、被控訴人が、本件建物が鈴木の所有に属していると信じていたとしても、被控訴人は、右のとおり亡三七郎から通知を受けており、このように信じたことにつき悪意と同視すべき重大な過失があったのであるから、このような場合には民法九四条二項の類推適用はない。

4  同4の事実は認める。

三  控訴人の抗弁

控訴人は、昭和五六年一一月亡三七郎から本件建物二階部分を賃料一か月当たり三万円で借り受けた。

四  抗弁に対する被控訴人の認否

抗弁事実を否認する。

(証拠関係)《省略》

理由

一1  本件建物が、もと亡三七郎の所有に属していたことは当事者間に争いがない。

2  被控訴人は、鈴木が昭和四八年二月初めころ亡三七郎から本件建物を買い受けたと主張するので検討する。

本件建物につき、同月一六日鈴木名義に所有権保存登記が経由されたことは当事者間に争いがなく、鈴木は、原審において(第一、二回)昭和四七年ころ一五五〇万円で買い受け、代金は、亡三七郎から一〇〇〇万円の贈与を受ける等して調達したと供述している。

しかし、右鈴木の供述は、当初亡三七郎から買い受けた(第一回)としながら、後に東海興産から買い受けた(第二回)と変える等一貫していないこと、右一〇〇〇万円の贈与の理由については触れておらず、特段の理由もなくこのような贈与を受けたというのはいかにも不自然であること等疑問があり、また契約書も作成されていないことを考えると、右供述に反する《証拠省略》に照らして措信できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

3  次に、被控訴人主張の民法九四条二項の類推適用の有無について検討する。

(一)  本件建物につき、昭和四八年二月一六日鈴木名義に所有権保存登記が経由されていることは前示のとおりである。

(二)  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 控訴取下前の相控訴人東海興産株式会社(以下「東海興産」という。)は、昭和三八年九月一八日設立された不動産売買及び賃貸業を目的とする株式会社であるが、その実体は、代表取締役であった亡三七郎のいわゆる個人会社であった。亡三七郎は、昭和四六年ころ当時被控訴人の従業員であった義理の甥に当たる鈴木を東海興産の常務取締役に就任させ、両名が主となって東海興産の経営を行い、次第に鈴木に経営を委ねて行った。

(2) 亡三七郎は、昭和四七年ころ住居兼東海興産の社員寮として本件建物を建築した。

ところが、鈴木は、亡三七郎に無断で昭和四八年二月一六日本件建物につき自己名義に所有権保存登記を了し、更に同年三月七日新日本保証株式会社(以下「新日本保証」という。)のために、鈴木の株式会社大和銀行に対する一〇五〇万円の債務についての保証委託契約による求償権を被担保債権とする抵当権設定登記を経由した。

(3) 亡三七郎は、同年六月ころまでには本件建物につき鈴木名義の所有権保存登記及び右抵当権設定登記が経由されていることを知り、右抵当権設定登記の抹消を求めた。しかし、鈴木名義の保存登記については、抹消登記手続あるいは真正な登記名義の回復を原因とする亡三七郎に対する所有権移転登記手続をさせるなど、本件建物の登記名義人を実体関係に符合させるような措置をとることを要求しなかった。

(4) 亡三七郎は、鈴木が右抵当権設定登記をなかなか抹消しないでいたので、同人が更に他に抵当権を設定することを危惧し、同人に指示して、本件建物について、昭和四九年一月三〇日受付をもって、亡三七郎の義理の弟で鈴木の叔父に当たる萩原英祐(以下「萩原」という。)を抵当権者、債務者を鈴木とする債権額一〇〇〇万円の架空の抵当権設定登記を経由させ、更に、昭和五二年一月二五日受付をもって、萩原を抵当権者、債務者を鈴木とする債権額五〇〇万円の架空の抵当権設定登記を経由させた。

亡三七郎は、昭和五四年ころ、鈴木に対し、右新日本保証のための抵当権設定登記を抹消するための資金として一〇〇〇万円を交付し、右登記は同年一一月二七日受付をもって、抹消登記がされた。

(5) そして、鈴木は、本件建物について、昭和五五年一一月六日受付をもって、債務者を東海興産として、成田信用金庫のために極度額二〇〇〇万円の根抵当権設定登記を、昭和五六年二月七日受付をもって、債務者を鈴木として、東伸商事有限会社のために極度額一二〇〇万円の根抵当権設定登記を、更に、同年五月一日受付をもって、債務者を鈴木工務店として、宏友商事株式会社(以下「宏友商事」という。)のために極度額七五〇万円の根抵当権設定登記をそれぞれ経由した。

(6) 被控訴人は、昭和五五年暮ころ鈴木から本件建物を買い受けて貰いたい、買受けて貰えないときは他に処分する旨の申出を受け、本件建物の敷地が被控訴人本社に隣接し公道に面しており、その一部が被控訴人所有地であるので、第三者が買い受けた場合には不都合が生ずるおそれがあり、反面被控訴人が本件建物及びその敷地賃借権を取得することは他の土地の取得よりもより大きな利用価値があると判断し、買い受けることにして取締役の大森信夫(以下「大森」という。)を代理人として鈴木との交渉に当たらせた。大森は、鈴木から本件建物は同人の所有であるとの説明を受け、本件建物の登記簿謄本を調査し、昭和四八年二月一六日付で鈴木名義に所有権保存登記がされ、その後約八年間同人名義のままであり、また右のとおりの各抵当権の設定登記もされていることを確認し、昭和五六年三月二六日鈴木との間で代金については不動産鑑定士による評価を行った後に協議の上決定することとし、本件建物及びその敷地の賃借権を買い受ける旨の約束をした。同日、鈴木は右合意の内容を記載した念書(甲第一〇号証)を差し入れ、翌二七日被控訴人から手付金名義で三〇〇万円を受領した。

(7) 被控訴人は、不動産鑑定士千葉弥千雄に本件建物及びその敷地の賃借権価格の鑑定を依頼し、同人は昭和五六年四月三〇日付で鑑定書を作成し、本件建物及び敷地賃借権の価額を合計三三三六万五〇〇〇円と評価した。

(8) 被控訴人は、鈴木が前示のとおり同年五月一日宏友商事のために根抵当権設定登記をしたので、鈴木が更に抵当権設定登記をするのを防ぐために同年七月二三日所有権移転仮登記を経由した。

(9) 亡三七郎は、同年七月二四日差出しの内容証明郵便により「本件建物は鈴木の所有ではないから、買受けを中止して貰いたい。」旨の通知をし、そのころ右通知は被控訴人に到達した。

被控訴人は、右通知受領後本件建物の所有権の帰属について再調査することもなく、同月二九日鈴木との間で本件建物及びその敷地の賃借権を三五五六万円で買い受ける旨の契約を締結し、同年九月一二日右仮登記の本登記を了した。

控訴人は、亡三七郎が昭和五六年七月二〇日ころ萩原と共に被控訴人を訪れ、本件建物は亡三七郎の所有であるから、鈴木から買い受けないよう申入れをした旨主張し、これに副う前掲真穂、萩原英祐の各証言があるが、《証拠省略》によれば、亡三七郎らの訪問は同月一七日であり、昼食を共にして歓談したにすぎなかったことが認められ、亡三七郎からの警告文である同月二四日付内容証明郵便に右経過からすれば当然記入されてしかるべき右口頭申入の記載がないことに照らすと、右真穂、萩原英祐の各証言部分はたやすく措信できない。《証拠判断省略》

(三)  そこで、右事実に基づいて判断する。

(1) 亡三七郎は、義理の甥に当たる鈴木に東海興産の経営を委ねていたものであるところ、本件建物の登記名義人が鈴木になっていることを知りつつ、約八年間、鈴木に対し本件建物に抵当権設定登記をすることを禁じてそのための措置を講じたに止まり、登記名義人の変更を求めることはしなかったというのであるから、亡三七郎は、本件建物が鈴木名義に保存登記されていることを、明示的に容認していたというべきである(亡三七郎と鈴木との力関係からすれば、鈴木の右保存登記の抹消登記手続を実行させることは極めて容易であったと考えられるのに、不動産登記について相当の知識を有するとみられる亡三七郎があえてそれをしなかったことに照らすと、亡三七郎には実質的にも鈴木の所有を否定しない心情にあったものと推認されないではない。)。

また、控訴人は亡三七郎の前示昭和五六年七月二四日差出しの内容証明郵便により虚偽の表示は撤回されたと主張するが、右書面は亡三七郎が単に本件建物は自己の所有に属している旨の申入れを行ったにすぎず、表示の核心である登記が抹消されてはおらないから、右書面を発したのみでは、被控訴人・鈴木間の本件建物の売買当時、亡三七郎において右登記の存在を容認した状態が客観的に除去され、第三者の善意の基盤が存在しないというには十分ではない。

(2) 被控訴人は、同年三月二六日に売買契約は成立したと主張するが、同日行われた大森と鈴木との合意においては、代金額は後日鑑定を行った上、協議して定めることとされ、その鑑定評価額に無条件に従うこととはされておらず、同日確定的な代金額の合意があったものではないから、同日売買契約が成立したと認めることはできない。

(3) 控訴人が鈴木から本件建物を買い受けるにあたり、①本件建物につき約八年にわたり鈴木所有名義の保存登記があり(この登記が事実に反するにかかわらず所有者である亡三七郎がその存在を容認していたと評価されることは前示のとおりである。)、鈴木は、その間再三にわたり抵当権設定登記を経由していること、②被控訴人本社は本件建物敷地に隣接し、大森らは鈴木の東海興産における地位及び亡三七郎との関係を熟知していたこと、③大森は鈴木と交渉し、同人から本件建物の所有に関する供述を得、また登記簿の記載も詳細に検討していることを考慮すると、被控訴人は、本件建物が鈴木の所有に属するものと信じて買い受けたものと認められる。

確かに、亡三七郎が被控訴人に対し内容証明郵便により本件建物が亡三七郎の所有である旨の通知をした事実は存する。しかし、《証拠省略》によれば、亡三七郎は昭和五六年四月六日鈴木を有印私文書偽造、同行使等の理由で告訴し、亡三七郎と鈴木との関係がそのころから急激に悪化し、このことは被控訴人も知っていたことが認められる上、亡三七郎は、自己の所有に属することを証明する資料も示すことなく、単に書面で右のような通知をしたにすぎないのであるから、これをもって、前示の調査を行い、従前の亡三七郎と鈴木との間柄を知悉している被控訴人の認識を改めさせるに足りるものということはできない。

ところで、控訴人は、被控訴人が善意であったとしても悪意と同視すべき重大な過失があったから、民法九四条二項の類推適用はないと主張するが、同項の適用ないし類推適用については、第三者が善意であれば足りると解すべきであるから、主張自体失当というべきである(のみならず、前示の事実関係からすると、被控訴人が亡三七郎の前示申入後に調査をしなかったことから、直ちに重大な過失があるとまでいうことはできない。)。

(4) そうすると、亡三七郎は、本件建物が鈴木の所有でなかったことをもって被控訴人に対抗することはできないことになるから、被控訴人は本件建物の所有権を取得したというべきである。

4  控訴人が本件建物二階部分を占有していることは当事者間に争いがない。

二  次いで、控訴人の抗弁について検討する。

控訴人は、昭和五六年一一月亡三七郎から本件建物を賃借したと主張するが、被控訴人が本件建物を鈴木から買い受けてその所有権を取得した後に亡三七郎から賃借したというのであるから、右主張は理由がない。

三  以上の次第で、被控訴人の本件請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹野達 裁判官 加茂紀久男 新城雅夫)

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